エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|54「3大Bコンサート」

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「トゥルグ・ムレシュ音楽週間」という音楽祭の開幕コンサートのために、ブカレストから満面の笑みをたたえたバイオリニストがやってきた。

彼の名はフローリン。出会ったころはお互い若く、将来の分からない者同士だったが、今や僕は音楽監督、彼は音楽大学教授だ。「お互い年をとったね」とあいさつすると、「ナンダヨ!」と流ちょうな日本語で笑わせてくれた。

演奏会のテーマは「三大B」。フローリンのアイデアで、バッハ、ベートーベン、ブラームスのバイオリン協奏曲を一晩で演奏する。いかに優れた奏者でもそう簡単にはできないが、僕は彼を信じて引き受けた。

彼はチャレンジ精神の塊で、リサイタルでパガニーニの「二十四の奇想曲」を一気に弾くこともある。超絶技巧の連続、息もつかせぬ曲の展開で、聴く者を圧倒する。聴きに来たバイオリニストは「楽器辞めたくなっちゃったよ」と言い、他の楽器の人は「バイオリニストじゃなくて良かった」と神に感謝した。

音楽祭のリハーサルは二日間行われた。一日目はバッハとベートーベン、二日目にブラームスを練習した。リハーサル後、「シンヤだからできるんだよ」と、彼がポツッと言った。僕は三つの協奏曲を一晩で指揮すればよいと思っていたので、どういう意味かよく分からなかったのだが。

音楽祭は始まった。演奏に先立ち、ムレシュ県の知事と文化担当書記官が開催のあいさつをする。音楽祭は二十年近い伝統があるのだ。

バッハのイ短調の研ぎすまされた音楽がおごそかに始まる。なかなか良い演奏で幸先が良い。ベートーベンの協奏曲も快調。だが後半、だんだんオーケストラが疲れてきた。僕も目がしょぼしょぼしてくる。この後休憩を挟んで、五十分近いブラームスの協奏曲を演奏するのに。「シンヤだからできるんだよ」というフローリンの言葉が頭によぎった。「フローリン、これきついコンサートだよ。やってみて初めて分かったな」。彼は楽屋で汗をふきながらほほえんでいた。

ホールに隣接している鏡の間では、休憩中にミニパーティー。後半のために遠慮したいが、われわれのパトロンである県知事ご臨席となれば、あいさつに行かねばなるまい。乾杯だけして、すぐにステージ裏に戻った。

後半のブラームスはすごく集中力が要求される曲だが、もはや気力だけで指揮している状態。なんとか無事に終わり、アンコールにはフローリンが例の超絶技巧曲を弾いた。僕はステージ裏でぼうぜんと立ち尽くしながら聴いていた。

「シンヤ、ブラボー! よく指揮してくれた。誰にでも指揮できるわけじゃないのが分かっただろ。次はパガニーニの六つの協奏曲全曲演奏しよう」。えっ! ほっとしていた僕は凍りついた。「シンヤは僕と一緒で年をとってもチャレンジ精神の塊だよね」

僕は「ナンダヨ!」と答えた。

2006/12/10 

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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