エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|18 「ベラスケス」

空港に着くと、輝く太陽と青い空、そして笑顔の人々が待っていた。オラ(こんにちは)! スペインはいつも明るく僕を迎えてくれる。

今回は僕のオーケストラとの演奏旅行。僕たちはスペイン各地に招待されており、二週間の滞在中に合計十回演奏する。一足先に僕だけスペインに入った。マドリードに一泊して、翌日最初の公演のため、バレンシアに向かう。

ホテルにチェックイン後、もう一つの目的地へ向かった。プラド美術館。スペインに来たのはこれで三度目だが、今まで一度も訪れる機会がなかった。

ヨーロッパの町を訪れるときに楽しみなのは美術館だ。音楽は楽譜と演奏家という媒体を通じて場所を問わず味わえるが、美術だけは置いてある所に行かなければ接することもできない。アトーチャ駅で降り、少しだけ早足になって緑の並木道を進む。一様の期待を胸に、様々(さまざま)な人種の人たちが同じ方向に向かっている。

こういうメジャーな観光地は探すのに苦労しない。きっとどこの国のガイドブックにも一番に書いてあるのだろう。日曜日なので、入場料はなんと無料。

堂々とした天井の高い建物の中は思ったより薄暗かった。いやいかん! サングラスをかけたままだった。スペインは日差しが強い。すでにサングラスは顔の一部となっているのだ。

油絵の匂(にお)いは、幼い頃(ころ)を想(おも)い出させる。僕の父は美術の教師で、部屋はいつも油絵の匂いがしていた。よく父の部屋においてあった世界美術全集のような画集を眺めていた。

今となってみると、これが効力を発揮しているのだろう、各地の有名な絵や彫刻を見ても、初対面とは思えない奇妙な感動がある。なんだ、こんなところにいたのか!と、つい話しかけたくなるほど親しみがあったりする。

ところが画集のイメージしかなかった僕は、実際のサイズを見てよく驚いた。当たり前だが、古今の画家たちは僕の本棚に納まる本のサイズに合わせて描いていることはまずない。だから小さくて驚くことはあまりないが、大概その大きさに圧倒される。

今回はベラスケスを中心に見た。プラド美術館のような膨大な傑作の数々を所蔵している所では、目的を決めてじっくり見ることにしている。それだけ見るわけではないが、時間にも限りがある。

急ぎ足でたくさんの絵画を見ても、あとでなんにも心に残らず、残っているのは手元にある売店で購入した一ユーロ (約百三十六円)の絵葉書(えはがき)というのも悲しい。芸術家が命を削って制作したものだ、こちらも襟を正ししかるべき心構えで接したい。

作品鑑賞だけを考えると、三千点もの作品を一堂に展示してある美術館というのは、一晩に三曲くらいしか聞けないクラシック音楽のコンサートなどに比べコストパフォーマンスが高い。仮に一点完成させるのに一年費やしたとすると、これらは芸術家の三千年の労力の結集なのだ。

それを今回はタダで見てしまった! 作者はほとんど亡くなっている。この場合、誰に感謝を表したらいいのだろうか。僕には展示品の保護のために働く係員に笑顔を向けることくらいしかできない。

ベラスケスを鑑賞し、いい気分の僕は帰り道、スペイン特有のよろず飲食処「バール」で食事をとった。明日からの公演準備のため、ホテルに帰ったらどの曲から勉強しようかと考える。ベラスケスが刺激になって、脳内の芸術力を司(つかさど)る細胞が活性化されたらしい。

帰路につく。午後七時を過ぎているのに、日差しは強い。サングラスは頭にしっかりと装着されていた。

2004/06/10 

ルーマニアのワイン

僕がルーマニアで飲んでるワイン、フェテアスカ・ネアグラを見つけて嬉しくなりました。とても珍しいルーマニアの土着品種で「黒ワイン」というカテゴリーです。深い味でとても美味しく、ルーマニアではよくこのフェテアスカ・ネアグラを飲んでいます。僕はこのワインをルーマニアからのお土産にしています。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

\エッセイをまとめた本・好評です!/

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