エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|52「セザールの結婚式」

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「ウエルカム トゥ ルーマニア!」。空港の到着口に、いつものようにセザールが待っていた。僕のお気に入りの専属運転手で、常に時間通りに来て待っている。

運転手は彼で三人目だが、一番長く仕事をしてくれている。不安感を一気に吹き飛ばしてくれるような笑顔と、時間に正確な仕事ぶりが大好きだ。「さあ行こう!」僕らはここから六時間の旅を、待ち焦がれていたかのように出発した。

彼は米国に七年間住んでいた。英語は大変流ちょうで、ネーティブのよう。「最近のルーマニア情勢はどう?」と僕が問えば、政治、経済、宗教、教育、人々の暮らし―とせきを切ったように話しだす。ブカレストのオトペニ空港から僕のオーケストラがあるトゥルグ・ムレシュまで、彼と話していると時間も距離も忘れてしまう。セザールとの道中は楽しい。

ルーマニアは大半がとても攻撃的な運転をするが、彼は安全運転中の安全運転ともいえる速度で走る。これも僕が気に入っているところだ。急いで三十分くらい早く目的地に着いたところで、何がいいのだろう。

ブカレストとトゥルグ・ムレシュのちょうど中間地点にブラショフという街がある。中世の広場が残る古く美しい街で、僕らはいつもここの決まったレストランで休むことにしている。空腹ならルーマニア料理、そうでなければエスプレッソと決まっているのだ。

ここでセザールはめずらしくシリアスな表情で僕に話しかけた。「シンヤ、今日はとても大事なお願いがあるんだ」

間髪入れず「お金はないよ」といつものジョークで笑おうと思ったが、様子が違う。どうしたのかと聞くと、「結婚するので、シンヤに証人になってほしいんだ」。彼にはエンジというすてきなパートナーと二歳の女の子がいるので、とうに結婚したとばかり思っていた。

入籍当日の朝十時、僕とアディという彼の親友が登録役所に集まった。セザールとエンジは既に来て待っていた。役所は重々しい古い石造りで、荘厳な儀式にふさわしい。裁判官のような衣装の役人に書類を渡されサインした。二人の人生の大切な瞬間。うれしいな。

郊外ののどかな公園にある野外レストランで、ささやかなパーティーをした。僕とアディ、そしてセザール夫妻。近くに池があり、子供たちが水をかけ合ってはしゃいでいるのが見える。

日はまだ高い。ウルススというルーマニアのビールで乾杯し、二人の門出を祝った。たった四人の小さなパーティーだが、天気にも祝福された。本当に心の通い合う者同士で、僕らはよく笑い、幸せだった。

「セザール、今日は僕が運転しようか」。僕のジョークにみんな笑った。「いくらなんでもマエストロに飲酒運転させるわけにはいかないだろ」。みんなで一台のタクシーにギュウギュウになって帰った。車内も笑いは絶えない。窓を開けると、秋の風が心地良かった。

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エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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