エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|1「言葉の渦」

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私の監督するルーマニア国立トゥルグ・ムレシュ交響楽団はユニークである。

オーケストラのあるここトランシルバニア州は、かつてハンガリー領であり、そのため団員のほとんどがハンガリー系なのである。当時からハンガリー人、ルーマニア人、ドイツ人、アルメニア人、ユダヤ人やロマ(通称ジプシー)などが混在して住んでいた。中でも私のいるトゥルグ・ムレシュ市は由緒正しいハンガリー系の少数民族の街。セーケイ族という特殊なグループで、かつての国境近くを守る防人的な役割をしていた。勇敢で気が荒いのが特長。街のあちこちにリスト通りとかバルトーク通りなど、ハンガリー人の芸術家の名前が見つけられるのもかつての名残である。

と、ここまでは一般的な説明。実生活はなかなか複雑である。特に言葉は大変だ。

(トゥルグ ムレシュ交響楽団常任指揮者就任した頃の写真/僕の使っていた部屋です/若いですね)

オーケストラの練習はルーマニア語で行う。これは公用語だ。一部のセクションはハンガリー人だけなので、彼らにはハンガリー語で指示したりする。そして再び全員にルーマニア語で「みなさん、ここは豊かな音で柔らかくはじまるように」なんて言葉を変えるのである。

チェロの首席奏者はドイツ系なのだが、困ったことに私の最も不得意なドイツ語で話しかけてくるし、コンサートマスターは英語が上手で彼とは英語で話す。練習の間中、頭の中が言語の渦状態なのだ。おまけに楽譜上の作曲家の指示は、イタリア語で書いてあるのが習慣。最近は一生懸命指揮すると頭が自動的にこの言語の渦状態になるらしく、日本に帰ったとき、オーケストラの練習でいろんな言語で叫んでしまい異星人のような目で見られたことがある。

(リハーサル中)

ルーマニア語はラテン系でイタリア語とそっくり。シチリア島のレストランに行ったとき、イタリア語しか分からないウエーターに、試しにルーマニア語で「野菜スープ、ちょうだい」と言ったらちゃんと持ってきてくれた。意思疎通度は高いのである。ルーマニアはアルファベット読みすれば「ローマニア」で、かつてのローマ帝国の名残の人々なのだ。

ハンガリー語はアジア系の言葉。ハンガリー人は昔モンゴルからきた民族である。赤ちゃんのおしりにはアジア人独特の蒙古斑(もうこはん)があるという。

ルーマニア語とハンガリー語はヨーロッパの言語によくある共通の単語もほとんどない。トランシルバニアでは、友人同士集まって話すときにまず「さて何語で話そうか」と言語を決めることが多い。今朝オフィスにいったら、秘書と何人かのグループが四カ国語くらいの言葉で同時に話し、それが現代音楽のように響いていた。

思わず日本語で「こりゃなんだよ、まいったなー」ってつぶやいたら、ハンガリー系の美人秘書エディトが話しかけてきた。「シンヤ、ダイジョウブ、ダイジョウブ」。そういえば最近、日本語も勉強して分かるようになったんだったっけ。今日も言葉の渦の中である。

2003/06/13

ルーマニアの黒ワイン

僕がルーマニア現地で飲んでるルーマニアワインです。フェテアスカ・ネアグラはとても珍しくルーマニアの土着品種。この品種は「黒い貴婦人」という名前で、ルーマニア独特の黒ワインというカテゴリーのものです(ブラック・ワイン)。EUのワイン協会(European Union wine regulations)により、「黒ワインはルーマニアで生産される赤褐色のワイン(ルーマニアワイン)」として定義されているんですよ。深い強い味でとても美味しく、ルーマニアではほとんど毎日、このフェテアスカ・ネアグラを飲んでいます。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

\エッセイをまとめた本・好評です!/

\珍しい曲をたくさん収録しています/

\ショパンの愛弟子・天才少年作曲家の作品集・僕の校訂です!/

\レコーディング・プロデューサーをつとめて制作しました!/

 

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