エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|49「イスタンブール 1 」

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香ばしい焼きたてのケバブロールを開き、真っ赤なホットペッパーをかける。どんなに材料が良くても、料理法を熟知する者の料理にはかなわない。こんなに羊の肉がおいしいと感じたことはなかった。東洋と西洋の出合う街、イスタンブールにやってきた。

降り注ぐ太陽の光が、店のパラソルの影を石畳の道に力強く染め付ける。時折吹く海風のさわやかな空気を感じていると、突如モスクから「アッラーフ、アクバル」と拡声した声が流れる。一日五回、メッカに礼拝を呼びかけるアザーンだ。

「神は偉大なり」という意味の句を四回唱えることでアザーンは始まる。独特な節回しは気高く、街を包み込むように唱えられる。異教徒の僕は初めて聞いたのに、遺伝子はこことつながっているのかも、と思わせる懐かしい響きがする。

休暇をもらった僕は、どこかヨーロッパの文化から離れた所に行きたいと思って、吸い寄せられるようにこの街へ来た。巨大迷路のようなグランバザールの喧騒(けんそう)。五千軒を超える、あらゆるものがそろっていそうなマーケットを歩く。まるで時間の感覚をなくしてしまいそうだ。

薄暗い中に輝く宝石、数々のランプ、じゅうたんを売ろうと声をかける商人たち。人をかき分けながら、たくさんのお茶を載せた盆を運ぶ少年。歩き疲れ、出口から漏れる光に導かれ、外に出た。そこにはケバブを焼く香りが漂っていた。

ケバブを食べ終え、相席になった目の前の人物を見る。日焼けした、四角い顔のエキゾチックな男性がほほ笑んでいた。「メルハバ」(こんにちは)とあいさつを交わすと、彼はトルコ語で話しだした。何を言っているのか分からず困っていると、彼は流ちょうな英語に切り替えた。「どこか中央アジアから来たと思ったよ」。僕はこの土地になじんでみえるという。

彼はネジョーといって、ヨーロッパを経て、アメリカで十三年働き、帰国したばかりだという。シカゴに住んでいたという話に、僕もフィラデルフィアにいたと応えて盛り上がった。

「チャイを飲みに行こう」。僕が切り出すとネジョーは、こいつわかっているな、というほほ笑みを浮かべ「もちろん、マイフレンド」と応えた。この国では何をするにも、この赤く深い色の紅茶を飲まなければ始まらない。店での買い物も、まずチャイを飲むことから商談が始まるのだ。

ネジョーはイスラム教からキリスト教に改宗したという。この地域では少数派だ。トルコ出身ということで、苦労も多かったらしい。争いが嫌いな彼の性格を知る友人でさえ、イスラム教国への偏見があったそうだ。

帰国して自国の良さを再認識した彼は、イスタンブールは多種多様な人が生活してること、それを受け入れる美しいこの街をこよなく愛していることを話した。

打ち解けてすっかり心を通わせた僕に、彼がぽつんと言った。「マイフレンド、それに僕はクルド人なんだ」(続く)

以下に続きます。

尾崎晋也のエッセイ|50「イスタンブール 2 」イスタンブールに初めて行った時、感じたことを書きました。イスタンブールが大好きになり、その後何回もその地を訪れています。...

追記

2006年、イスタンブールに初めて行った時のエッセイです。イスタンブールはとても好きで、これを含めて約8回は訪問しました。何度行っても違う魅力が発見できる街です。書くという作業は自分が感じたことをなどを表現していますが、この文章を読んで当時の自分と対面するような懐かしい感覚にとらわれます。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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