エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|11「講演会」

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コンサートのない週は指揮台を降り、大抵オフィスで仕事をすることになっている。木曜のコンサートを終えた直後に、秘書から次の週のスケジュール表が渡される。しかし今回は違っていた。

大柄な事務局長のムレシャンが突然楽屋に現れ、大きな声で怒鳴るように伝えた。「来週はブカレストに行ってもらうよ」。彼は元民族音楽の歌手。声が通る。「今日のコンサートにオランダ大使が来てたの知ってるだろ? いやー、今日はよかった。最後に大砲がどーん、どーん! 今晩のコンサートで眠ったやつはいないだろうなー」

今夜の最後の演目、チャイコフスキーの大序曲「1812年」のことを言っているらしい。この曲は最後に派手に大砲の音を入れる曲で、ナポレオンがロシア軍に負けたことを表している。この大砲の音を、僕はシンセサイザーを駆使して、大音響で思いっきり鳴らしてやった。

「で、ブカレストってなに?」「そうそう、オランダ大使がとても今夜のコンサートを喜んでね。シンヤにブカレストに来てほしいと言ってるんだよ」

会食のことかなと思っていたら、話は全く違っていた。「オランダの国際的な銀行主催の国際会議があってね」「そこでまたどーん、どーんかい?」「いや、チームワークについて二時間講演してくれって。会場はあのホテル・ソフィテル。宿泊もあそこだよ。いいなあ。ベッドもふかふかだなあ。言語は多分、英語でいいんじゃないか。なんつったって国際会議だからなあ」なんて言い残して行ってしまった。

月曜の昼、ブカレストの空港に降り立つと、黒塗りのリムジンとダークスーツの紳士たちが迎えに来ていた。「かっちょいいー!」。いかん。思わず背筋を伸ばしネクタイの結び目を整える。そうだ今日はVIPだからな。まず食事会だという。

レストランには世界中からすご腕の銀行のマネジャーたちが六十人くらい集まっていた。皆英語で話している。会食はアメリカ人が幹事で、フランクな雰囲気。フィラデルフィアへの留学時代に慣れ親しんだ空気だ。だが食事中も講演のシミュレーションが頭の中を駆け回り、何を食べたかも覚えていない。覚えているのはいつも食事中にとるビタミン剤を多めに口に入れたことだけ。指揮棒も持たず、音楽のことを話すならともかく、専門外の話題である。なんだか丸腰のカウボーイが、荒くれ男たちのいるバーに行くみたいな気分だ。

講演会会場に移動して、あらかじめ用意してもらったビデオ設備の準備をする。オーケストラの組織構成、スケジュール、そして実際のコンサートなどを説明する。持ってきた練習風景のビデオを見せる。それから実際に指揮者用の楽譜と指揮棒を皆に手にとってもらったりした。指揮棒をくるくる振り回して喜んでいるおじさんもいて、楽しい雰囲気になってきた。やっぱり小道具持ってきてよかったな。ほっとした。

しかし鋭い質問も多い。「東洋人のあなたが西洋音楽で西洋人をリードするのはどういう気持ちですか?」「えーと、コニシキが相撲レスラーのチャンピオンになったみたいな気持ちでしょうか」なんてかわしてみたりした。

そんなこんなでなんとか終わり、疲れて部屋に帰った。ムレシャンではないが、ホテルのベッドは心地よかった。

2004/01/16 

ルーマニアの黒ワイン

僕も飲んでるルーマニアワインです。フェテアスカ・ネアグラはとても珍しくルーマニアの土着品種。「黒い貴婦人」という名前です。これはルーマニアでしかできない黒ワインというカテゴリーのものなのですよ。その中でもこのワインは生産量数が限られている貴重なものです。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

\エッセイをまとめた本・好評です!/

\珍しい曲をたくさん収録しています/

\ショパンの愛弟子・天才少年作曲家の作品集・僕の校訂です!/

\レコーディング・プロデューサーをつとめて制作しました!/

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