エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|43「星の児」

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煌々(こうこう)たり。星が輝いている。摩天楼のようなホテルの五十四階の部屋からの眺めは、地上の喧噪(けんそう)がうそであるかのように、星も、街の灯も、静かさをもって自分の心を癒やしてくれるようだった。台湾・高雄の夜。夜遅くに到着し、旅の疲れがある僕は、甘んじてその静けさに包まれた。

「先生、ここ! ここ! 何年も待っていたよ」。次の一日はまぶしい朝日と張りのあるテノールの声で始まった。十六年ぶりの再会の固い握手。仕事の打ち合わせで台北に行ってしまう前にぜひ会いたい人物がいた。宋書敏。僕のかつての指揮の弟子だ。丸顔に優しい、まるで福を呼ぶような笑顔は変わらない。少し縮れた髪はおしゃれな感じに染められていた。

「ここはマーボラステースト(素晴らしい味)ね。おいしくて涙が出るよ。先生」。僕らは近くの食堂で、アツアツの小籠包(しょうろんぽう)をほおばりながら、再会を祝った。自らグルメと称する彼についていけば、必然、美食の国台湾の中でも特別おいしいものを味わえる。台湾と日本、そしてアメリカの大学でも学んだ彼と、日本語と英語をミックスして話す。朝食を食べながら思い出話に花が咲いた。

弟子といっても彼は僕の二歳下。旧友のようなものだ。「先生は年をとらないね。僕はもう年だよ」。彼はつえを指差して苦笑いした。生まれつき足の悪い彼だが、以前はつえなど使っていなかった。最近は歩くのが辛いのだろうか。思えば僕が彼に出会ったのは、アメリカでの留学生活を終えた直後だった。言語や習慣で苦労して学び、やっと帰国した直後に出会った台湾からの留学生。まるでアメリカでの自分を見ているようだった。

「ここはおいしいコーヒーの店。先生、飲んだら涙が出るよ」。一転しておしゃれなカフェに座し、お互い、会えなくなってからの自分たちのことを話す。場所を変えたのと同じくトピックも変わっていた。短い一日を惜しむように、ディナーの店に行った。「ここはファンタースティック。先生、ここの台湾料理、涙出るよ」。彼が予約していたレストランの個室。冷房がかかっていた大きな部屋に通された。

東京、ニューヨークと渡り歩き、帰国した彼は今は僕が想像もしなかった仕事をしていた。自閉症やハンディキャップを持つ子供たちの音楽の才能を伸ばすことで、彼らの助けになっているのだ。子供たちの才能は想像以上で、数々のコンクールにも出場し大変いい結果を出している。来年、日本の大学から招待されており、その仕事についての講演もするという。

いい仕事をしているな。胸が熱くなった。彼の指導する子供たちのCDやコンサートのパンフレットをもらった。食事を終え、街を流れる川のほとりを散歩する。星が輝いていた。「先生、自閉症の子供を僕たちは星児と呼んでいるんだよ。星とはコミュニケーションとれないけど、でも星は輝いているんだ」

ホテルの部屋に戻った僕は次の訪問地台北へ向かうため、パッキングをしなければならなかった。パッキングは旅が多いので慣れている。ふと窓辺をみると、街の灯とともに、星はまだ輝いていた。「星の児(こ)か」。台湾の星。それらは昨晩みた星たちよりもさらに鮮やかに輝いているように見えた。

2005/12/29 

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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