エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|9「孤独」

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友達がいない。別に性格的に大きな問題があるわけではないし、社会性が欠如しているわけでもない。

オーケストラの指揮者は孤独なのだ。朝「おはよー」とあいさつをしてすぐに指揮棒を振り下ろす。休憩時間もすぐに自分の控室に行き、お茶なんか飲んでいる。終わったら「さようなら」。それ以上のものはない。というより、ないようにしている。自分で団員とは距離を持つようにしているのだ。なぜか。すべての人に平等に接することは不可能だから。大所帯の中には仲の良いグループもあり、そうでないグループもある。特定の人とだけ仲良くはなれない。

2009年のニューイヤーコンサート ヴェルディ作曲「椿姫」

 

僕は入団試験も担当するし、解雇することもある。だからおいそれと仲良くなれない。友達を作り失敗する指揮者も多い。前任のアイルランド人の指揮者は、皆とカフェに行く仲になり、その後団員が練習中彼の指示に従わなくなった。友達感覚になると統率が取れなくなるのだ。もっとも、中には団員と仲良くなってうまくいっている人もいるらしい。

ルーマニアに来たばかりの時は正直言ってきつかった。言葉も文化もわからない国で友達も作れない。ホスピタリティーの強いルーマニア人のこと、異国から来た若い指揮者を自宅に招こうとした人は少なくなかった。その度に断るのは辛かった。オフィスの秘書だけは例外で、僕の統治下にないため彼らとだけは良く話した。

オフィスでひとり

 

国内の演奏旅行でも、皆はバスでわいわい楽しそうに行って、僕だけドライバーの車で移動。いかにもVIPのようだが、一人で食べる演奏会前の食事も寂しいものだ。演奏会後の団員中心のパーティーも出たことがない。毎年僕の誕生日になると必ず何人かの団員に招待されるが、それもガンとして断る。

最近はそういう僕のポリシーが伝わったのか誰からも誘われなくなった。自分で決めたことなのに、そうなってみると寂しいものである。

一九九九年、オーケストラの精鋭メンバーを集め室内オーケストラを結成し日本に演奏旅行に行った。熊本を皮切りに鹿児島から青森まで全国で演奏する。遠い異国への演奏旅行に、皆は行く前から随分エキサイトしていた。

阿蘇

熊本には団員だけが先に入って一泊することになっていた。熊本市内のホテルに到着した僕の前に皆が駆け寄って言った。「マエストロ、あなたのポリシーは十分わかるけれど、今夜だけは一緒に食べてください。本当にお願いします」。黙っていても心は通じていたのかな。この日本への演奏旅行を感謝しているのだろうかとも思った。

和食レストランに行くとそこには所狭しと、大きな皿が並んでいる。典型的な日本の食事を味わってもらおうとホテルが用意した数々の料理だった。タコ、イカを含む魚の刺し身。数々の焼き魚。おそばやおすし。馬刺し、塩辛までもあった。何人かははしでつまみ、においをかいでいたりしていた。

「マエストロ、どれを食べたらいいかわからないんです」。困った顔が印象的だった。「だから今夜の食事もコンダクトしてください」。はしを振り回し、指揮の格好している無邪気な団員たちが小憎たらしかった。

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後日談

(その後、何回もルーマニアのメディアのインタビューの中で「団員とは距離を保っている」ということを話しました。しかし、その時の人々の反応は「冷たい」、「温かみに欠ける」など到底理解されないものでした。やはりラテン系のルーマニア人らしいなと感じたものです。それゆえに、ルーマニアではこの「孤独」に関する話題はあまり話さないようにしていました。数年して、日本の経済界の団体での講演会に招かれ、話す機会がありました。「リーダーの条件に関してどう考えるか?」という質問があり、「孤独になることだと思う」と答えました。その時の反応はとてもよく、「ほ〜らやっぱり!」と思った次第です。)

2004/01/16  

ルーマニアの黒ワイン

僕も飲んでるルーマニアワインです。フェテアスカ・ネアグラはとても珍しくルーマニアの土着品種。「黒い貴婦人」という名前です。これはルーマニアでしかできない黒ワインというカテゴリーのものなのですよ。その中でもこのワインは生産量数が限られている貴重なものです。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

\エッセイをまとめた本・好評です!/

\珍しい曲をたくさん収録しています/

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