エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|57「笑顔という名のパスポート」

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仕事柄、知らない土地を旅することが多い。僕は荷物が増えるのが嫌で、ガイドブックさえ持っていかないことが多い。レストラン探しなどは、ホテルのコンシェルジュに、「あなたはどこで食べてるの?」と聞いて見つけている。

街の情報もホテルに置いてある物で十分。日本でも外国でも、僕はこれで通している。仕事以外の旅なら、多くの言葉はいらない。ホテルに行けば泊まりたいのは分かるし、レストランに行ったら食べにきたのは分かる。細かい説明はいらないのだ。何が大事か? それは「笑顔」だ。

日本人は表情が分かりづらい。普通にしていても、具合が悪いのか、時には敵意があるのかとさえ思われてしまう。なぜ日本人は笑わないのだろうか。政治家や役人の写真なんか、本人はまじめ顔のつもりでも、何か笑えない事情でもあるのだろうかと勘繰ってしまうように映る。

皆さんもどうか思いっきりの笑顔をつくってみてほしい。ただし、集団で一斉に笑うシチュエーションは、現地の人が怖がるような風変わりな空気をつくるのであまりお勧めしないけれど。

僕なんか運転免許証からスポーツクラブの会員証まで、どの写真もにっこり笑っている。アメリカ留学のときに知ったのだが、向こうでは証明書の写真は笑顔が基本。当時の僕が日本から持ってきた証明書を見ると、そこにはインスタント写真で間に合わせに撮った顔があった。ほとんど指名手配みたいな暗い悲惨な表情…。それからというもの、パスポートの写真まで笑って撮ることに決めた。

以前、パスポート写真提出のために行った役所の窓口のおばさんに、嫌みっぽく言われたことがある。「あなたね、こんな歯を見せた写真じゃあね、税関や入国審査の時にいつもこうやって笑っていなきゃいけませんよ」。僕も負けずに「大丈夫、いつもこういう顔しているんです」と、彼女の顔の二十センチ前方で同じ笑顔をしてみせた。

その後、外務省旅券課に電話した。「パスポートの写真は笑っていたらいけないんですか」。「笑うとか笑わないとか、そんなことを政府が指示するような国家ではありません」。よーし、これで堂々と笑う権利“笑権”を獲得したぞ!

集合写真の時などでもとにかく笑わないから、撮影者が「チーズ」と叫んだりする。ちなみに、よく高校生がみんなでVサインして「ピース」などとやっているが、あれは海外ではやめたほうがいい。あれは戦争に勝つぞという、「Victory」からきていて、挑戦的と誤解されるので、世界平和のためにもやめた方がいい。

笑顔には力がある。怒れる拳、笑顔にあたらず。笑う門には福来る。若者には笑顔というパスポートを持って、恐れず世界に出てほしい。そして日本人の誇りも忘れないでほしい。ちなみに僕は「チーズ」とは言わない。「ジャパニーズ!!」である。

2007/03/11 

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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