エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|20「アフリカンドラム」

本投稿にはプロモーションが含まれます。

アフリカンドラムが鳴り響く。

スペイン演奏旅行中、楽団員のフェリックスが大きなアフリカンドラムを購入した。メンバーの中でただ一人の音楽大学生だ。才能のある彼は契約団員でもある。

地中海側のリゾート地サロウを後に、バスで北部に向かっている。一行は約二時間ごとにサービスエリアで休憩する。その度に彼がドラムを取り出して、ちょっとしたパフォーマンスが始まるのだ。
演奏旅行の中盤、サロウでの休暇は四日間あった。そのうち一日だけ隣の街でコンサートがあり、十五分ほどバスに乗って演奏に行く。だが、連日のコンサートでプログラムは何度も繰り返して演奏しているので、リハーサルはいらない。だからコンサートが一日あるといっても、気分はバケーション全開なのだ。

街を散歩すると、八十人近い団員の誰かに遭遇する。お土産を選んでいるやつもいれば、ビリヤード場で楽しんでいる輩(やから)もいる。スペイン語はルーマニア語の兄弟みたいなものだし、同じラテン系だからコミュニケーションのトラブルは皆無だ。外国といってもリラックス度が高い。
殆(ほとん)どの団員は連日ビーチに繰り出して泳いでいるせいか、顔が真っ赤に焼けている。東ヨーロッパから来た僕らにとって、日光の恵みは格別なのだ。今、日光浴しないと、帰国したら東ヨーロッパのどんよりとした空が待っている。僕らの気分を明るくしてくれる南欧の気候に感謝した。

リゾート地は日本同様、レストランやカフェ、そしてお土産屋で溢(あふ)れている。この辺りはアフリカ大陸が近いのか、アフリカ系住民が多く、彼らの祖国のお面やドラムなんかを売っている。ドラムなんか誰が買うんだろう、と思っていたらフェリックスが買っていた。価格はあってないようなもの。その場の交渉で決定する。彼は売り手の九十五ユーロという希望を見事根性で打ち砕き、五十ユーロで手に入れた。

彼は嬉(うれ)しくてたまらないという様子。楽器専用のトラックに積み込めるのだが、楽団員用のバスの中まで持ち込み抱えている。重さもかなりある。多分十キロはあるだろう。重い木で作ってあり、張り詰めた皮の張力にも耐えられるようになっている。

移動が長い時は五百キロということもあり、バスの中は退屈だ。団員は退屈を凌(しの)ぐため、ありとあらゆる面白いことをしようとする。そこにアフリカンドラムの登場だ。サービスエリアに着くごとに、フェリックスのドラム・リサイタルが始まる。「フェリックス、マンボだ、ルンバだ!」「いや、サンバだ!」

一人の楽団員が冗談で一ユーロをフェリックスに渡した。ちょっとしたストリートミュージシャンである。周りは大爆笑。そこにコンサートマスターのラズローがやってきた。音楽的リーダーである彼には、みな一目置いている。

彼がおもむろにポケットから何かを取り出した。彼の手にはユーロ札が何枚かあった。「イエーィ!」。フェリックスはお札を手に高く掲げ、喜びは頂点に達した。テンポアップしたマンボのリズムが興奮を誘う。みなも信じられないという顔で息を呑(の)んだ。

「昨日ギャラをもらうの忘れてただろ。さぁ休憩は終わりだ。今夜はブラームスだぞ。頑張ろう」。うって変わって寂しい手拍子がラズローから発せられた。急に現実に戻った彼らは無言でバスに乗り込んだ。フェリックスだけが一人で名残惜しくドラムをちょこちょこ叩(たた)いていた。

誰かがラズローの口調を真似(まね)して叫んだ。「早く来い! 今夜はブラームスだぞ!」

2004/07/22

旅の本・読んでいるだけで旅行気分!

美食の街を訪ねて スペイン&フランスバスク旅へ
created by Rinker

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

\エッセイをまとめた本・好評です!/

\珍しい曲をたくさん収録しています/

\ショパンの愛弟子・天才少年作曲家の作品集・僕の校訂です!/

\レコーディング・プロデューサーをつとめて制作しました!/

こちらの記事もオススメ!