「イタリア語は話せるのか?」

まるでガラスの破片でも飛び散ったようなキラキラ輝く海原から男の太い声が聞こえました。「イタリア語は話せるのか?」
午前9時、力強い太陽を背にし、小さな漁船が港に入って来たのです。僕は両手を降りながら答えました。
「話せるよ。」
船の中に見えた顔は力強く肌が焼けた3人の男達だったのです。
「何が欲しい?」
「魚だよ」
着古したつなぎ服にヒゲ、パイフをふかしながら、まるで絵本の中に描かれているような一人の男が現れました。
深く青いエーゲ海を滑るようにやってきた漁船は小さくて驚きました。
チリアドウという村
アテネから来たペロポネソス半島をレンタカーで周っていた僕らは、フェリーでギリシャ本土に渡りました。チリアドウという村に滞在することに決め、アパートをしばらく借りることに決定。
昨夜は夜遅く村のレストランで食べましたが、その店主から、魚は朝9時に漁港に行き漁船から買うのがいい、と聞かされそのとおりに漁港に来たのです。
漁港に行く
漁船は港に横付けされ、中では男達がしきりに網から今朝取れた魚を外しています。僕はなにをすることなく、じっとそれを見ていました。

「キャプテンが今行く、彼は英語を話せるよ」中から先ほどのヒゲ男が叫んだのが聞こえます。リーダーらしき男がひとり、大きなバケツに魚を一杯に詰めて船から降りて来たのです。
「1キロ10ユーロ。どれでも好きなものを取っていくがいい。」流暢な英語です。聞くと、米国ワシントン州に長く船のエンジニアとして働いていたらしい。

「バカヤロ!」
すぐそばのカフェからおばさんが一人、そして、どこからともなく乗用車に乗った男性が一人降りて来ました。みんなであれこれ言いながら魚を選り分けています。
「バカヤロ!」おばさんが叫びました。いや、確かにそう聞こえたんです。
手にはタラらしきものを持っています。よく聞くとギリシャではタラのことを「バカリャロ」と呼ぶらしい。「びっくりさせるな」内心、ドキッとしましたが、後で聞いて笑いました。
キャプテンと並んで写真
1キロ10ユーロ
現地の人に教えてもらいながら、妻が美味しそうな魚を1キロ自分の袋に詰め込んだ後、僕はジーンズのポケットからよれよれになっていた10ユーロをキャプテンに渡しました。よく見ると違う箱にタコもあり、1匹20ユーロだといいます。
「高いな〜、安くしてよ」僕はキャプテンと交渉し、14ユーロにしてもらい、アパートにそれらを運び冷蔵庫に入れました。
夜、見よう見まねでグリークサラダを作り、魚はオリーブオイルでシンプルに焼いたのが美味しかったです。タコはトマトといっしょにスープにしました。


「さあ、夕飯だ」窓を開けると潮風が心地いいです。こういう時は、眼下の波から香る潮風の匂いが格好のスパイスですよね。
2011年の旅でした。
ギリシャの旅、パート4はホテルで「まかない料理」を食べた話です。
南日本新聞に書いたエッセイ「指揮棒の休憩」を元に書きました。「指揮棒の休憩」は過去11年間にわたり、150回連載していたエッセイです。南日本新聞は僕の出身地・鹿児島の新聞です。エッセイはたくさんの人に読んでいただき、今でもとても感謝しています。