エッセイ

尾崎晋也のエッセイ69「音楽の島」

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「ガムランとケチャを聴きにバリ島に行きます」。そう友人たちにメールし、僕は機上の人となった。二月のヨーロッパの寒さを避け、一時日本に帰国していたのだが、さらなる避寒と音楽鑑賞とを兼ねて赤道を目指したのだ。

雨期の東南アジア独特の肌に優しい空気。空港でタクシーを拾った。幸運にもドライバーは英語が上手に話せた。ホテルに向かう間に交渉して、この短い滞在中彼と彼の車をチャーターすることと案内とを頼んだ。彼の名はワイアン。島の芸術にも、公演の場所や時間にも、妙に詳しかった。「ガムランは聴きたいし、ケチャも外せない」。希望を伝えると、「だけどまずは寺院にお参りだね」。ワイアンの頭には、もう五日分のプランが出来ているようだ。

ほとんどのバリ人と一緒で、ワイアンもヒンズー教徒だ。車のフロントボックスの上には、色とりどりの花で作ったチャナンと呼ばれるお供え物が置かれている。車窓からの視界に常に入っているこのお供え物が、いやが応でも異国情緒を演出する。

数多くある寺院では、さまざまな宗教儀式がほとんど毎日どこかで行われている。多くの女性がお供え物を頭に載せてやってくる。果物や食べ物をたくさん塔のように積み上げてささげる。石造りの寺院の所々には花が咲き、金色に輝く御神輿(おみこし)や極彩色の旗が美しい。寺院の内部を一周してから、村にバロンダンスを見に行った。バロンとは獅子舞のようなもので、もちろんガムランも使われる。

「ガムル(たたく)」という言葉に由来するこの合奏体は、その名の通りほとんどが青銅製のたたく楽器だ。いわば「青銅のオーケストラ」。ガムランに魅せられた作曲家も多い。先日、プーランクの「二台のピアノのための協奏曲」を指揮したが、ガムランの影響が至る所に感じられた。日本で聴いたこともあるが、やはり現地のその空気の中で聴きたい。

また別の日にはケチャも見に行った。ケチャとはバリ島独特の男声合唱だ。腰布を巻いて上半身裸になり、円陣をいくつも重ねて座る。四つのパートがおのおののリズムを一定の速さで歌う。その声に音程はなく、「チャッ、チャッ」とリズムを歌うのだが、交じり合った複雑なリズムは、他のどの文化の音楽にも類を見ない。何十人、多いときには百人近い男の声がこだまする空間に自分を置くと、自分の魂も浮遊しているかのような感覚を覚える。

音楽の島ともお別れの日がきた。ホテルから空港までの話題は昨日のケチャのことだった。「ワイアンは隣で一緒に体を動かしていたね」。「フフフ、僕はウブド村でケチャの歌手だったんだよ」。はにかむようにそう言うと、「チャッ、チャッ」と左右に体を動かしながら、鋭く、リズミカルなリズムを歌った。そして驚いている僕に、まるで複雑な機械仕掛けの部品を取り出すかのように、各パートのさまざまなリズムを歌ってくれた。「何が一番良かった?」「ワイアンの、この一人ケチャだよ」。彼はほほえみ、体を揺らし続けた。

2008/03/09

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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