エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|53「マーラー」

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僕のオーケストラで、久しぶりにマーラーの交響曲第一番「巨人」を指揮した。

巨大なオーケストラを必要とする曲だ。例えばフレンチホルンは通常編成は四本だが、この曲は七本。そのためフレンチホルンの担当に、首都ブカレストの放送交響楽団から、強力な助っ人を四人も呼んだ。編成が大きくなれば、お金も余分にかかる。僕が「巨人」を選んだのだから、会計事務局などのご機嫌をとらなければならない。

最初の練習、文化宮殿大ホールの舞台に登った僕は、大編成のオーケストラを、大きな風景画のように眺めた。フレンチホルンの首席はブカレスト四人組の一人で、若くて体格の良い好青年。丸顔で童顔、気は優しくて力持ち。金太郎みたいな感じ。見るからに頼りがいがありそうだ。

「巨人」は、大編成のわりにはほとんどの部分は弱音で、トゥッティと呼ばれるいろいろな楽器のソロが多い。パレットの上でさまざまな色を混ぜ合わせるように、マーラーはソロの楽器を組み合わせていく。

フレンチホルンのソロも多いが、金太郎の音色はとても良く、場所によって音のカラーを変えた。「あっぱれ、さすがはブカレスト放送交響楽団」と心の中でつぶやいた。こういう曲は生で聞かないと良さが分からない。

「そこからは立って吹いてくれ」。曲の最後の部分でフレンチホルンに指示する。作曲者の指定なのでなるべく従うようにしたいが、実際のところ座ったまま吹かせる指揮者も多い。

立ったからといってそんなに音は変わらないが、音源の位置が変わるため、多少違って聞こえるようにはなる。彼らはマーラーの指示を知っていたが、やりたくないのが見え見えだった。

僕は自分の楽譜を高くあげ、たたきながら言った。「作曲者がそう指定しているんだ、僕じゃないよ」。金太郎が応じる。「マエストロオザキ! いつもと違うことをやるんだから、その分ギャラを交渉してくれ」

楽員たちがどっと沸いた。リハーサルは複雑な音楽を緻密(ちみつ)に組み立てる作業。冗談を言ったり、息抜きしたりしないとやっていられない。特に外国語で仕事をする僕には、そこまで余裕がないときもある。僕は金太郎に救われた。

かくして、長い演奏会だったが、お客さんはとても喜んでくれた。演奏を終え、舞台裏に引っ込んだ僕にステージマネジャーのボリシュが言った。「アンコールはないのかい?」「冗談じゃない、これ以上やったら心臓が止まっちゃうよ」。舞台に戻り、フレンチホルンセクションの全員を立たせて拍手を送った。彼らの健闘に対する返礼である。

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ステージからはける楽員たちを舞台裏で迎え、握手する。赤い顔の金太郎が言った。「今度ブカレストに来てくれ。あなたの指揮、とても気に入った」。金太郎に認められ、まんざらでもないなと思った。金太郎の握手は力強かった。

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エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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