エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|63「音が気になる」

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録音再生技術が簡単になった現在、いたる所で音楽を聴けるようになった。特に商業施設では音楽を使うと空間の雰囲気を商品のメージといっしょに効果的につくれるのだろう。しかし問題も多い。

一度ネクタイを買おうと思ってあるお店に入ったが、あまりの音楽のうるささにあきれてしまった。客である僕が努力して大きな声を出すのも悔しいので、努めて普通に話した。店員はこれ以上注意を示せないと思うくらいに耳をそばだてて聞いてくれたが、どのくらい理解しただろうか。多分あの音量の中ではすでに聴覚に異常をきたしているかと思う。

先日、おしゃれな店が多い神戸で友人たちと食事した。すてきなインテリアや照明、スタッフの気持ちのいいサービス、洗練されたシャープな雰囲気に和食。いろいろなコントラストがいい店。相手は女性二人。おしゃれな店には敏感であろう。でも、着席してすぐに居心地が悪くなった。いつもの問題だ。音楽が気になる。ヘ長調の音楽が僕らの席の真上から流れていた。

「あの―、テーブルを変わってもいいですか?」。職業柄、音楽が気になるのだ。なるべく気にしないようにしているが、頭の真上にスピーカーがあるとなると話はちがう。テーブルを移動するころには、みるみるヘ長調がニ短調に転調していた。そして旋律からベースラインまで楽譜に書けるくらいはっきり聞こえる。

彼女たちは、「また始まった」という表情。たいがい、店に入ると一回はこういうことで席を移動する。空調が強い、場所が入り口に近いとかトイレに近い、隣の客の会話が聞こえる、お金払ってまで隣のテーブルのたばこの副流煙を吸ってがんになりたくないなど。僕のことは神経質な客と知っているのだ。

食事も終わり、デザートを食べていたころ、また同じ問題。前後のテーブルの会話が聞こえていたが、同時におもしろいクライマックスになってきたのだ。クスクス笑っている僕に二人の友人が疑問を持った。「ごめん。職業柄いろいろ同時に聞こえちゃうんだよね。うしろの人の娘の恋人の問題と、前のテーブルのおじさんの好きなお酒の話がおかしくってね。関西人は話のオチが面白いなあ」と言うと、友人たちは困った顔をしていた。

後日、もっと大人数で食事会をしたいから来てくれという電話が彼女たちからあった。詳細は僕が関西に着いてからのお楽しみということ。「尾崎氏の、閑静な環境、おいしい食事、という大要望により、今回は場所を選びに選びました」とだけメールが送ってきた。

当日、友人らの車に乗せられて走ること二時間。場所は六甲山、バーベキュー大会なのであった。着くなり僕はつぶやいた。「あれっ、なんかこのセミの声、気になるな。東京で聞いてるのと音色がちがう」虫に詳しい友人の一人が言った。

「そやねん、関東はアブラゼミや。でも関西はこのクマゼミやねん。それにごっついやかましいで、この子らは」

2007/09/09

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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