エッセイ

尾崎晋也のエッセイ29|「騎士」

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「シンヤ、ちょっと待って!なんか様子が変なの」

僕は何事なのかわからなかった。ルーマニアのニューイヤーコンサートの二日目。今まさに重い扉が開き、舞台へ踏み出さんというところを呼び止められたのだ。

「何なの、これ?」。偉い人が来て、演奏を始めるのを止めさせているらしい。舞台裏に行くから待っているようにとの指示。舞台ではいつものように、コンサートマスターのラズローがそのポジションに誇りと威厳を持ってチューニングを済ませていた。オーケストラ後方の、唯一こちらの様子を見られるトロンボーンのメンバーは、なぜ僕が出てこないのか訝(いぶか)しげにこちらを覗(のぞ)き込んでいる。

偉い人はお供を連れやってきた。新しく就任した若い県知事だった。もう一人はもっと若い男性で、書類と箱を大事そうに抱えている。「さぁ、一緒に舞台に出ましょう」

\素晴らしい本です!何度も読み返しています/

この国ではなんでも突然なのに慣れてきた僕も流石(さすが)に驚いた。ともかく長いものには巻かれろということで、知事と一緒に舞台の中央に進み出た。オーケストラの人たちは不思議そうな目で見ている。本来なら既に一曲目の「詩人と農夫」のトランペットの穏やかなメロディーが演奏されている時間なのだ。

ステージマネジャーのボリシュが慌ててマイクを持ってきた。「私は外国語はフランス語しか話せません。それでもいいですか」「いえ、ルーマニア語で大丈夫ですよ」そういうやりとりもマイクでホールに流れている。お客さんもなんだか不思議な雰囲気。

「えー、ルーマニアの法律第二九条によって、オザキさんを…」と、なにやら法律の一文を一生懸命読んでいる。まずいな、なんかやっちゃったかな?…六年前、横断歩道以外の所で道を渡ってキップ切られたことかな? あの時、おなかが空(す)いていて警官と喧嘩(けんか)したんだよなぁ。こんなところで「罰金、三百万レイ!執行猶予一年」なんて洒落(しゃれ)にならない。その上頭の中は曲のことでいっぱいで上の空。

何か紙をもらった。また表彰の類かな。良かった、とりあえず舞台裏に帰って早く出直そう。しかし県知事はまだ舞台にいなさいと指示。今度は箱から何やら布のストラップのついたメダルのようなものを取り出した。首にかけられ、オーケストラと会場から盛大な拍手をもらった。演奏もしていないのに、こんなに拍手をもらっていいのだろうか。とにかく早く演奏したかった。県知事と握手し、お客さんに笑顔を向けてすぐ舞台裏に戻った。

休憩のパーティーに顔を出し、よくわからないけれど知事に挨拶(あいさつ)しようと思ったら、何局ものテレビ局からマイクを向けられ受賞の感想を聞かれた。とりあえず「ありがとー!ありがとー!」の連発で場をしのいだ。

次の日、オフィスに出勤した僕に、秘書が堰(せき)を切るように言った。「シンヤ、大変なことになったわね。お祝いのメールが沢山(たくさん)届いてるわよ!」「なんだい、僕は何をもらったのかな?」。これだから芸術家は困るのよね、なんて顔の秘書に、オフィスに置いて帰った証書の説明をしてもらう。

オフィスでコンサート直後に撮った写真

「つまりあなたは騎士になったのよ。それも四つあるうちの上から二番目。素晴らしいわね」。証書にはルーマニア大統領のサインとともに「国の芸術部門に貢献した功績で、上級騎士勲爵士の称号を与える」とあった。昨日いなかった総監督のムレシャンは「おーっ!そうだったのかー。シンヤ、さぁお祝いだ!」。

お酒の好きな彼にパーティーを開く口実を与えつつも、こうやって僕は騎士になってしまったのである。

2005/02/17 

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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