「煎酒」(いりざけ)は、江戸時代に調味料として多く使われていたものです。醤油ができる前は、この「煎酒」が刺身や煮物にも使われる代表的な調味料だったのですよ。
\使ってみて美味しかったです!/
「煎酒」です。色は醤油よりも薄いですね。
「煎酒」は、塩分量が非常に少ないのが特徴です。また自宅でも手軽に作れるものです。
健康志向の人に最適ですね。
今回「煎酒」を使って作った冷奴/器は日置南洲窯(西郷隆盛の曽孫・西郷隆文氏制作)
「煎酒」を使って作った冷奴
Contents
煎酒とは
「煎酒」は江戸の人々に愛された調味料です。日本酒に梅干と花がつおを入れ、コトコトと煮詰めます。これは江戸時代の食卓に欠かせないものだったらしいです。この「煎酒」は、色々な料理にあいますよ。
「煎酒」という言葉が初めて書物に登場するのは「鈴鹿家記」と言われています。 この書は京都の吉田神社の神官であった鈴鹿家の記録です。
応永6年 (1399年)6月10日の朝振舞の献立に、「引テ 指身 鯉 イリ酒 ワサ
ヒ」とあります。 さしみにつける調味料として「煎酒」(イリ酒)が用いられたことがわかります。
その後、江戸時代の料理書「料理物語」に「煎酒」は書かれています。
料理物語
このブログの命名のもとになった江戸時代の料理書「料理物語」(寛永20年/1643年)には、以下のように書かれています。
「煎酒」は、鰹(削節)一升に梅干十五(か)二十入れ、古酒二升、水ちと、たまり入れ、一升に煎じ漉し、冷やしてよし。
作り方が詳しく書かれていることから、この頃になると「煎酒」はかなり普及してきたものと思われます。
料理物語
江戸時代の料理書には、主にさしみのつけ調味液として「煎酒」と醤油が使われています。江戸時代に書かれた「大草家料理書(刊年不詳)」には「鯉の差味には煎り酒上々,芥子酢は中」とあります。差味、は、さしみのことですね。
「煎酒」が記載された書物 カッコ内は出版年代
江戸時代に発刊された料理書を対象に、「煎酒」が用いられているものを表にしました。
- 1640:料理物語 (1643)
- 1650:料理切形秘伝抄( 1659?)
- 1600:料理塩梅集 (1668)
- 1670:料理献立集(1672) 古今料理集(1674?)
- 1680:合類日用料理抄 (1689)
- 1690:茶湯献立指南 (1696) 和漢精進料理抄 (1697)
- 1700:小倉山飲食集 (1701)
- 1710:当流節用料理大全 ( 1714)
- 1720-30:槐記(抄)(1724〜35) 料理網調味抄 (1730) 料理集 (1733) 献立懐日記 (1737)
- 1740:伝塩味玄集 (抄)(1745). 黒白精味集 (1746) 歌仙の組糸 (1748)
- 1750:料理山海卿 (1750) 料理伝 (1750〜85) 四季献立料理 (1750〜90) 当流料理献立抄 (1751〜73)
- 1760 献立釜 :(1760) 料理珍味集(1764) 小笠原磯海流料理百ケ条仕懸物伝書 (1769)
- 1770:卓株会席趣向帳 (1771) 料理秘伝記(1771-91) 普茶料理抄 (1772) 料理伊呂波庖丁 (1773) 新撰献立部類集 (1776)
- 1780:豆腐百珍(1782)旦華集(1782) 豆腐百珍続編(1783) 卓子式(1784) 会席料理帳(1784) 万宝料理秘密箱( 1785〜1800)・万宝料理献立集(1785) 大根一式料理秘密箱(1785) 鯛百珍料理秘密箱 (1785) 甘藷百珍(1789)
- 1790:海鰻百珍 (1795) 料理集(1797) 不味公茶会記 (抄)(1798-1817)
- 1800:料理早指南 (1801-04) 新撰庖了梯 (1803) 素人庖丁(1803-20) 料理簡便集 (1806) 会席料理細工庖丁(1806) 当世料理釜(1808)
- 1810:御本式料理仕向 (1818) 精進献立集 (1819-24)
- 1820 料理通 (1822〜35) 料理一色集 (1829)
- 1830:臨時客応接 (1830) 鯨肉調味方 (1832) 料理献立早仕組 (1833) 魚類精進早見献立集 (1834) 料理調菜四季献立集 (1836)
- 1840:貞丈雑記(抄) (1843) 饌書(1844) 蒟蒻百珍 (1846) 水料理焼方玉子細工(1846)1860:四季献立会席料理秘嚢紗(1863)
「煎酒」は醤油の発展と重なり使われなくなった、と思っていましたが、江戸時代を通じて使われていたことが分かりますね!
「煎酒」と醤油
「煎酒」が複合調味料であるのに対して、醤油は発酵食品であり保存性が高いです。そして、醤油は均質で大量に作ることができます。そのために汎用性が広い調味料として発展していきます。
関東の醤油作りの発達とともに、「煎酒」は主な調味料というより「特別なもの」としての役割を持つようになります。
それにしても、「煎酒」は現代でも十分に使える調味料というのが驚きです。
「煎酒」の作り方
「料理物語」には
「鰹一升に梅干 15〜20個ほど入れ,古酒 2升に水と溜まりを少し入れ,一升ほどに煎じ、こしてさませばよい。 また酒2升、水1升を入れ 2升ほどに煎じて使う人もある」。
料理物語「煎酒」の作り方 (臨川書店復刻版より)
「当流節用料理大全」には(料理物語の70年後 1714)
「古酒三升しょうゆ五合 鰹一升 ( 細く削って水にざっと洗ってはかる /水で洗わないときは二升入る) この三種をよく混ぜて炭火の上にて沸かす。酒の匂いがなくなるまで煎る。大方煮えた時に塩で加減する。
また、酢も加えてよい。 また梅干しを二十ほど入れ、鰹をそのままこすと鰹臭さがない煎り酒が早くできる」
江戸時代の料理書には、現在のように調味を厳密に指示する書き方はありません。作り手側の裁量に任せることが多いのです。
料理書を参考にして作る側は、料理の基本はある程度できていることが前提で書かれています。
「煎酒」の材料
かつお節
鰹は古来から親しまれていて、「養老律令」(718 年)には「調」として煮堅魚・堅魚煎汁が「延喜式」 (927年)には堅魚煮取、「和名抄十六巻塩梅類部」(承平年間 931〜938年)に堅魚、煎汁加豆乎以呂利 云々なるが出てきます。
「堅魚のいろり」は鰹の煎汁、つまり煮だし汁を煮詰めたものをいいます。うま味を魚から取り出すという発想がすでにあったのですね!
刺身で食べる鰹は脂がのっておいしいとされますが、削り節でダシをとると油分はでてきません。我々は当たり前として食べていますが、考えればとても不思議なことですよね。
カビの作用で油分が分解されるということですが,微生物の働きには驚かされます。そして、それを利用する人間の発想にさらに驚きます。
かつお節の話題はリンク先にも書いてあります。どうぞご覧ください。
古酒
「煎酒」の材料の古酒はどんな酒なのか気になりますよね。
これは、単純に古くなった酒というわけにいかないようなのです。
飲むのに適さなくなった酒を料理に使用することは現在でもすることです。しかし、この「煎酒」作りでは、そうはいかないらしいのですよ。吉田元著「江戸の酒」によれば、室町、戦国時代は新酒より古酒を好み古酒は高値で取引されていた、とあるくらいなのです。古い酒は茶色くなって醤油のような香りがつくともあります。
こういう古酒あっての「煎酒」であるとすれば「煎酒」はとても賛沢な複合調味料であったということができますね。酒のアルコール分を飛ばすと、うま味が凝縮されるので、水の代わりに酒で「すき焼き」を作るという方を知っています。みりんも甘い酒ですが調理に使用する際は煮切るといってアルコール分を飛ばしますね。
古酒を半量になるまで煮切ると、かなりうま味が強くなるでしょう。濃厚で醤油 (淡口)に近い色であったのかもしれません。現在の清酒で再現した「煎酒」は薄い茶色に仕上がっていますよ。
梅干し
梅干は梅の塩漬けですが、塩分30%くらいにすれば保存食として十分です。しかし、現在 は10%以下のものが多いため冷蔵庫保存が必要になりますね。
また,食べやすい様に糖分を加えているものが主流になっています。「煎酒」に用いる梅干は塩のみのものを使用します。梅の酸は古くから料理に利用されていますね。
塩味と酸味を調整するという意味から「あんばい」(塩梅・按排)という言葉も生まれています。
冷奴に使ってみた
かつお節の旨みと梅干の酸味、そして塩気がとてもいい感じです。
冷奴にかけるとさっぱりした感じで美味しくいただけます。
今回使った煎酒は
銀座三河屋の「煎酒」を使いました。この「煎酒」は江戸料理の第一人者「福田浩」氏のアドヴァイスをいただき、千葉県野田市の老舗醤油醸造会社「キノエネ醤油」と研究を重ね、復刻したということです。
\使ってみて美味しかったです!/
「福田浩」氏は、江戸料理の名店「大塚 なべ家」のご主人ということです。 (現在、閉店しているようです)
銀座三河屋のYouTube です。どうぞご覧ください。
動画をみると特徴がわかりやすいですね。
それでは、「煎酒」を使って玉子かけごはんを作ってみましょう。
玉子かけごはん
材料(2人分)
- 卵:2個
- 炊き立てごはん:丼2杯分
- わさび:適量
- 煎酒:適量
- 青ネギ:適量
作り方
1)卵は割り、よくほぐしておく
2)炊き立てのご飯を丼にもり1)をかけて全体をよくかきまぜ合わせ、卵が半熟になったら、わさびを添えて「煎酒」をかける
3)青ネギを添える
今回使った卵
鹿児島県南九州市知覧(ちらん)町の「たまごの菊ちゃん」の卵です。
「鹿児島で美味しい卵はないかな?」と、鹿児島在住の弟に聞くと、即時に「たまごの菊ちゃん!」という返事がありました。さっそく、「たまごの菊ちゃん」に行って卵を買いました。
たまごの菊ちゃん
住所:〒897-0302 鹿児島県南九州市知覧町郡4978-1
(南九州警察署前)
電話:0993-83-2122 HPはここ
営業時間:10:00~17:00
毎週火曜定休日
完成です!
煎酒はとてもさっぱりしていて、それに深い味があり、この卵自体の美味しさを引き出すと感じました。(卵、おいしかったです!)
江戸時代の調味料「煎酒」は、現代でも十分に使える美味しいものでした。
\使ってみて美味しかったです!/