エッセイ

尾崎晋也のエッセイ|59「復活祭」

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「明後日僕の家に子羊を食べにきてほしいんだけど、シンヤの予定はどうなってる?」

専属の運転手、セザールからだった。「来週指揮する曲の勉強もあるし、週末は家で過ごしているよ」。そう答えたが、せっかくの復活祭の休みだし行こうかな、と思い直した。「長居しないということだったら、いいかな」

午後六時、教えられた住所をタクシーの運転手に伝え、セザールのマンションに向かう。そういえば新しいマンションを買ったって言ってたな。狭い路地に入ると、彼はアパートの入り口に立っていた。「新しいわが家にようこそ!」

五階まで一気に階段を駆け上がる。白く、シンプルに塗られた壁に、ナチュラルな色の木の家具がすてきな部屋だ。奥さんのエンジと三歳の娘のダリアが笑顔で迎えてくれた。ダイニングのテーブルには、料理が所狭しと並べてある。「シンヤにもたまには家庭の味を味わってほしいと思って」。エンジの言葉がうれしい。週末いつも部屋にこもって勉強していることを知っているのだ。ここの指揮者になって十年以上だが、いつも復活祭は一人で過ごしていた。

「ルーマニアの伝統にしたがって、まずは」。と、セザールが小さいカップを出した。一気に飲めと言われるままに飲んだ。「消防車を呼んでくれ! のどが焼けそうだ」。プラムからできた四五度もあるツイカというお酒だ。大笑いしながらセザールが勧める。

ツイカ|香り高いルーマニアの伝統蒸留酒|世界的に有名なツイカ蒸留所ゼテアと農家のツイカツイカというルーマニアの国民的なお酒を求めて、世界的蒸留所と農家を訪れました。...

「さぁ、これが、子羊で作った…」。一口食べると香ばしいかおりが口中に広がった。レバーをボイルして、羊の肉と腸を一緒にミンチにして、ゆで卵を載せ、ハーブを加えてオーブンで四十五分焼く。珍しいものだ。「メーンも子羊だから」。テーブルの真ん中には子羊を焼いたものがあった。ルーマニアの伝統的な復活祭の料理だ。ほかにも色付けされたタマゴがたくさん置いてあり、雰囲気満点の楽しい食卓となった。お互いの家族の話や、少年時代の話、よく笑ったし、よく食べた。「セザール、もうクビまで料理が入っているよ」。「これでいいんだよ。復活祭は」

復活祭の休暇を終え、火曜日からオーケストラの練習が始まった。次のコンサートはヴィヴァルディの「四季」を中心とするプログラム。親友のバイオリン奏者のフローリンがブカレストから僕の街へとやってきた。気心の知れたソリストとの共演は何ものにも代えられなく楽しい。毎年のように共演しているが、一緒に「四季」を演奏したのは、もう八年も前だ。

「シンヤ、復活祭の休暇はどうだった?」。舞台上での固い握手とともに、彼が最初に口を開いた。「ふふ、今年は悪くなかったよ」。「四季」の演奏を始めた。ホ長調の明るい躍動感にあふれた冒頭、春の息吹がいっぱいにあふれている。フローリンのつやのある音色に触発され、この時のために選抜された室内オーケストラのメンバーも生き生きとして演奏を始める。「春が来たかな」。指揮しながら心の中でつぶやいた。こうして今年の復活祭は終わった。

エッセイについて

これは南日本新聞に11年間150回にわたり連載した「指揮棒の休憩」というエッセイです。長く鹿児島の読者に読んでいただいて感謝しています。今回、このブログにも掲載します。

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