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ワインの歴史3|パスツールの偉大な研究とその後のワイン製造

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ナポレオン3世からの依頼(ワインの病について)

1863年、フランス皇帝ナポレオン3世(1808〜1873)は、偉大なるフランスの生化学者、細菌学者ルイ・パスツールにワインの「病」に関する研究を依頼しました。

この「病」とは、すぐに酸っぱい味になってしまうことです。当時、フランスにとって、ワインは大切な産業でした。1860年に締結した英仏通商条約により、イギリスはフランスからのワインの関税を撤廃。それまでは、ほぼ2世紀にわたりポートワイン(ワインの歴史2に書かれています)が主な輸入ワインであったのに、フランスワインがその地位を奪います。そして、1860年から73 年までの間にそれまでの8倍ものフランスワインが輸入されることになります。

1865年までには、ベルギー、オランダ、スカンジナビア半島、ドイツといった国々との自由貿易が可能になり、フランスワインは大量に国外に輸出されました。しかし、輸出しても鉄道や船の上ですぐに酸っぱい味となってしまう事を懸念したナポレオン3世が、パスツールに、解決を依頼したのです。その3年後、パスツールは 「Etudes sur le vine (ワインに関する研究)」という画期的な論文を発表します。

ルイ・パスツール(1822〜1895)

酵母が生きた微生物の塊ということは、すでにパスツールらによって明らかになっていました。そして、ワイン作りに関わる微生物およびワインの腐敗に関する微生物の同定と制御が可能になりはじめていたのです。しかし、ワイン作りの過程を正確に分析したのはパスツールが最初でした。

古代から経験上で

パスツールの発見以前は、ワインの酒造りに欠かせない発酵が微生物の働きであるということを人々は知りませんでした。ワインを経験上の技術から作っていたのです。

パスツールは、酵母が中心的な役割を果たしていること、そして良いワイン作りには樽と瓶の両方が欠かせない理由を明らかにしました。つまり以下の理由が分かったのです。

  • 樽は若いワインに酵素を供給して熟成を促すこと。
  • 瓶は熟成ワインから酵素を排除すること。

パスツールの論文の論旨は

「ワインを作り出すのは酵素であると考える。ワインの熟成には酵素が関係している。新酒ワインの粗い特徴が酵素によって変化し、嫌な味が無くなる、、、、
ワインの熟成にはゆっくりとした通気が必要だが、酸化が進みすぎてはいけない。ワインが弱くなりすぎ、消耗して、赤ワインの色がほとんど消えてしまう。通気性のある容器(樽)から通気性のない容器(瓶)にワインを移す時期というものがある。」

パリ万国博覧会での受賞

そして、低温殺菌法をパスツールは開発します。

1867年に開催されたパリ万国博覧会で、細菌学者のパスツールはワインの病変とその防止に役立つ「低温殺菌法」でグラン・プリを受賞しました。

1867年万博での褒賞の授賞式:このどこかにパスツールがいると思うと楽しいですね。

この1867年パリ万博の入場者数は1500万人。42カ国の参加、およそ52,000の出展者があり約3割にあたる19,526名が褒賞を受けました。そのうちの代表的な受賞が以下です。

  • グラン・プリ: 美術17名、産業・農業66名
  • 金賞: 美術33名、産業・農業1,143名 他、銀賞、銅賞、選外佳作

日本の和紙、絹製品、漆器といった工芸品は一つにまとめられグラン・プリ。バカラ(Baccarat)社はグラン・プリ。銀食器メーカーのクリストフル(Christofle)社はグラン・プリ。エルメス(Hermes)社は、女性用の鞍で1867年パリ万博において銀賞。ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)社は銅賞

ちなみに、この万博で、日本から参加したのは「3政府」、幕府(日本大君政府)・薩摩藩(薩摩大守政府)・佐賀藩(肥前大守政府)でした。


徳川昭武(中央)とパリ万博に参加した幕府使節

低温殺菌法とは

低温殺菌法は、ワイン等を60℃程度で数十分間加熱し、バクテリアやカビなどの微生物を殺菌する方法の事です。パスツールが低温殺菌法の研究に関わったのは、ワインやビールが発酵過程でしばしば酸っぱくなってしまう現象の原因を調べるためだったそうです。

パスツールは、この現象が有害な微生物によって起こされることを突き止めるとともに、酒が沸騰しない程度の熱を加えて、殺菌することでこの酸っぱくなってしまうことを防げることを明らかにしました。

これは、「パスチャライゼーション」とパスツールの名前を取り命名されているのですよ。

牛乳への低温殺菌

1886年になって、ドイツのフランツ・フォン・ソックスレー (Franz von Soxhlet) がこのパスチャライゼーションを牛乳の殺菌に応用することを提唱しました。

1890年代半ばには機械によるパスチャライゼーションが商業的に実用化されたそうです。当時は腸チフスなど牛乳中の細菌から起こる感染症が流行していました。しかし、パスチャライゼーションの普及によって、感染症はほぼ根絶さたということです。

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ワイン作りへの科学的な取り組み

パスツールによって播かれた、ワイン作りへの科学的な取り組みの種は、まもなくフランスやアメリカ合衆国で根付いていきました。1880年には、ボルドー大学およびカリフォルニア大学で、ワイン醸造学の研究所が設立されました。

フランスでは

ボルドー大学の研究グループは、フランスの伝統である上質ワインの生産技術の理解と改良に焦点を当て、マロラクティック発酵を発見しました。

マロラクティック発酵

主発酵の後の新酒ワインで細菌発酵が行なわれることがあります。乳酸菌の一種である リゥコノストック‐エノス(Leuconostoc oenos) は、ワイン中のリンゴ酸を消費して乳酸を産生するのです。リンゴ酸よりも乳酸の方が酸味は弱いので、マロラクティック発酵と呼ばれるこの工程でワインの酸味は弱まります。

また、マロラクティック発酵では、バター臭のジアセチルをはじめ、独特な芳香成分も多数作られます。新酒ワイン本来のシャープさや風味を残すために、自然にマロラクティック発酵が起こらないようにすることもあります。

アメリカ合衆国では

カリフォルニア大学のワイン醸造学研究所は1928年にバークレーからデービスに移転しました。ワイン作りの伝統がない地域にワイン産業を確立する最良の方法を研究し、様々な気候ごとに適したブドウ品種の決定などを行いました。

このカリフォルニア大学バークレー校を拡張した農学校として始まったカリフォルニア大学デービス校は、ほどなくして大学として独立しました。獣医学、ブドウ栽培学、農業の各学部で高いレベルを誇っています。

現在では、これらの研究や世界各地での同様の研究によって、ワイン製造全般の近代化がなされました。そして、かつてなかったほどに良いワインが世界中で作られるようになっているのです。

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